ⅩⅠ さつまいもの栄養と食文化
1.栄養学から見たさつまいも
(1)さつまいもは他のいも類よりも水分が少なく、また乾物100g当たりの熱量も大きい(さつまいも387Kcal、じゃがいも376Kcal、さといも353Kcal)ことから、生いもの単位重量あたりエネルギーが大きいことが特徴です。逆にたんぱく質は、じゃがいもの1/3、さといもの2/3と少なく、脂肪もほとんどありません。これは、かなりたくさん食べても太らないということを意味しています。
(2)また、糖分が多いため甘く、しかもでん粉(アミロース)を麦芽糖に分解する糖化酵素(β-アミラーゼ)を多く含むため、蒸したり焼いたりする過程で多量の麦芽糖ができ、甘みが増えます。そして、腸内で消化しきれなかったでん粉の断片は吸収されずに腸内細菌の栄養源となり、そこで分解され腸内ガスが発生します。たくさん食べるとゲップや胸やけ、そしてガスが出たりするのはこのせいです。
(3)さつまいもの特徴の一つにカルシウムを多く含んでいることがあげられます。いも類の中でもさつまいものカルシウムの量は多く、特に皮部には肉質部の5倍程度の濃度で含まれています。ですから、さつまいもは皮ごと食べることによって重要なカルシウム供給源になります。
また、黄肉種は100g中にカロチンが50μg程度含まれているので、緑黄色野菜に比べれば少ないものの、1回の使用量が多いので、実効的にはこれらの野菜に匹敵するカロチン(プロビタミンA)の供給源となっています。ビタミンCもじゃがいもと同程度に含まれていて、加熱調理しても破壊されにくいのが特徴です。
(4)このほか、さつまいもを切ったときに出てくるヤラピン(白色の乳液)には糖化酵素の作用阻害や徴生物の生育抑制、さらには緩下作用があります。さつまいもが便秘に効くのはヤラピンの効果も1つの要因となっているとみられているのです。
さらに、さつまいもの中には血中の尿素量を低下させる、つまりたんぱく質の節約効果を有する特異因子が存在するという報告もあります。
2.さつまいもの歴史と食文化
(1)さつまいもが我が国に広く普及するに至ったのは、救荒作物としての特性が認められたからです。この点で、最大の功績者とされる青木昆陽は「蕃藷考」という著書の中で、さつまいもは、代用食、菓子、酒、餅などにして様々な食べ方ができると誉めています。このような、用途の多様性という面では、他のいも類とは一線を画していると言って間違いないでしょう。
(2)さつまいもは、甘みが強いのでそのまま蒸したり焼いたりして食べることができます。「蒸しいも」は単純な調理法ではありますが、これにもホクホクの味に仕上げるための様々な工夫がされていました。
また、米や麦に混ぜて炊く「いも飯」は、ごく普通の食べ方でしたし、生いもがなくなった後はカンコロ(切り干しといって、さつまいもをスライスにして乾燥したもの)を食用にしていたのです。栄養面から見ると、カンコロとイワシの丸干しという、当時の食生活は塩分を除けば理想的な日本型食生活と言えるのではないでしょうか。
(3)さつまいもの食文化が花開いたのは江戸時代でした。いわば現在のスナックと同じ感覚で焼きいもが食べられるようになり、これが大人気を博したのです。その後の江戸時代のさつまいも食文化の繁栄ぶりを現したものに「甘藷百珍」という本があります。
1789年(寛政元年)、大阪の珍古楼主人が著したもので、当時の流行料理などがl123種も網羅してあります。調理器具・調味料などに制約がある中で、当時の人々が創意工夫して食文化の幅を広げていたことが良くわかります。
○ 江戸時代のさつまいもレシピ「甘藷百珍」より
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生のさつまいもをすりおろす。それにうどん粉を少し入れて、キンカンほどの大きさにして蒸し、青竹の串に5つずつ刺して砂糖じょうゆをつけながら焼く。 |
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さつまいもを3ミリぐらいの厚さに切る。 |
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さつまいもを適当な大きさに切り、ぬかみそに一晩漬け取り出して酒粕に漬けなおす。 |
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さつまいもをすりおろし、ご飯をよく煮た中へ入れる。味つけは、味噌、塩のどちらでもよい。青菜を刻んで入れたり、焼きいもをふるいで裏ごしして入れてもよい。 |
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さつまいもをすりおろし、藷精を少し混ぜ合わせる。そこに鶏卵、砂糖を同量加え、焼き鍋で上下を焼く。最後に芥子をふる。 |
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藷精180cc、あずきの粉270cc、蜜540ccを混ぜ合わせる。裏ごしをして、鍋で煮て練りあげ、それを重箱に入れ、冷やして切る。 |
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さつまいもをすりおろし、薄板の箱に入れ、それごと蒸す。蒸し上がったら適当な大きさに切って、串に刺し、味噌をつけ火にあぶって焼く。味噌は木の芽味噌、山椒味噌、わさび味噌などお好みのものをつけて食べる。 |
3.これからのさつまいも食文化
(1)我が国のみならず、諸外国に於いても生活水準の向上と共に主食代用品としての利用は大きく減少しています。しかしながら、我が国では昭和50年前後を境に、僅かずつではありますが1人当たりの消費量は増加基調にあります。
(2)その背景にあるのは、消費者の根強い健康志向です。そして、さつまいもには様々な機能性があることが解明されてきています。たとえば、体内で老化や発ガン等を引き起こす脂質過酸化反応やラジカル発生反応を抑制する機能(抗酸化能やラジカル消去能)があることが知られています。アントシアン系色素を含み、紫色の肉色を持つ「アヤムラサキ」等では、その機能が特に強いのです。
(3)これまでの長い歴史の中で築き上げられた、多彩な食用利用のメニューの中に、このような科学的な知見を加味することにより、「医食同源」を実現することが可能になります。今後は、「健康と安心」という視点に立った新たな食文化を作り上げ、次世代に伝えていくことが求められているのではないでしょうか。