当館の生イモ展示コーナーでは昔懐かしいイモ、今、花形のイモ、そしてこれから伸びそうなものの3群を並べている。将来性のあるものとしては肉が紫色のイモやオレンジ色のイモ、「甘藷」という文字にはそぐわないがあまくないサツマイモなどがある。
昔懐かしいものとは太平洋戦争前からあったべニアカ(紅赤)、オイラン(花魁)、夕イハク(太白)そして昭和9年デビューの沖縄100号などだが、このうちオイランだけはどこをどう探しても見つからなかった。
最近のサツマイモは肉色が黄色のものが多いが、戦前は白いものもあった。タイハクとオイランがその代表。いずれも肉がまっ白だが、オイランはまん中に薄い紫色が入っている。
タイハクも今では珍しくなったが、それでも自家用に作っている人はたまにある。ところがオイランとなるとまずない。農業試験場で細々と作っていればいいほうだ。そのオイランが今日、思いもよらなかった所からドカッと来た。
千葉県の佐原市といえば水郷で有名だが、実は畑地も多く、サツマイモの大産地という意外な反面を持っている。そんなわけで同市農業研究協議会生活改善部の一行20名が研修に来てくれた。そして手みやげとして、フサべニ、べニアズマ、べニアカ、千葉紅そしてオイランを持ってきてくれた。いずれも選り抜きの逸品で、5キロ箱詰め。
それにしてもオイラン入りの5キロ箱をポンと無造作に渡された時はびっくりした。いくら探してもなかったものが、ある所にはあるものだ。夢のように嬉しく、何度御礼を言ったか分からない。
このイモが幻のイモになっていることは佐原の人たちもよく知っていた。佐原市農政課の職員で一行の世話人の瀧野さんによると、同市でもオイランを作っている人はめったにいない。だから多分、珍らしかろうと1箱持ってきてくれたのだという。しかもその箱には生産者が手書きしてコピーした、こんなチラシまで入っていた。
「皆さん、私はオイランです。『さつまいもの里』佐原で50数年間、静かに育くまれて来ました。紅東、金時さんとは違った素朴な味を持っています。中身の色素は食べても決して害にはなりませんので、安心して食べて下さい。食べ残しは捨てないで2~3日干して食べてみてくれませんか。お子さん、お年寄の恰好のオヤツになります。『かんそういも』にすると、又いっそうおいしく食べられます」
文中の「色素」とは、オイラン特有の薄い紫色のこと。だれになんと言われようと、おいものオイランに惚れ、たった一人でそれを守り続けてきた人の意地と情熱が、そして優しく温かい心がにじみ出ている。その人は佐原市福田209の明妻一之さんという。