昨日、神戸の人という中年の婦人から電話があった。
「川越いもが欲しいんですが、どこにどう頼んだら買えるのでしょうか。実は1月17日の阪神大震災直後のことです。全国から運び込まれた救援物資の中に、『川越いも』という文字のある段ボール箱がたくさんありました。その時はそれを見ただけで、その後どうなったかは知りません。あれから大分たって、やっと落ち着いてきました。それで思い出したのが、川越いもでした。話にはよく聞いていましたが、まだ見たことも食べたこともありません」
川越地方がサツマイモの大産地だったのは20年以上も前のことだ。その後いも畑はすっかり減ってしまい、今でも売るほど作っている所といえば三芳町の上富地区ぐらいのものだ。今日、そこの甘藷農家の阿部光正さんがひょっこり来たので、さっそく例の話をするとやっぱり上富のいもだった。
「それはうちの方のいもに違いないね。地震のすぐあと、町の青年会議所がいろんな物を集め、4トントラック3台で神戸に行ったんだ。その時、上富の有志が5キロ箱入りの川越いもを100箱ほど寄付したからな」
わたしも地震後のテレビニュースで、神戸に大量のサツマイモが届けられた所を見た。もっともそれは川越いもではなく、鹿児島県の頴娃町からのものだった。そこで阿部さんが帰ったあと、同町役場に電話であの時のことを聞いてみるとこういうことだった。
「うちでは地震のすぐ後、18トントレーラーに特産のカライモとダイコンの漬け物を満載して神戸に急行しました。役場の職員も6人、行きました。いもは生では食べられませんから大釜なども持って行きました。西宮の高須中学の校庭でふかして被災者に配りました。でもそういうことをしたのはうちだけではありません。隣りの知覧町さんも大型トラックでカライモを持って行きましたよ」
こうした善意の反面、悪どい稼ぎをした人も多かった。神戸市では震災便乗値上げがひどく、市民の苦情が多いので、地震5日後に「物価110番」を設けた。そこに寄せられためぼしいものとして、毎日新聞の1月24日号は「焼き芋1本3000円」の大見出しでこう報じている。
「神戸市西部の国道2号沿いには、焼きいも1が普段の10倍もの3000円という焼き芋屋が現われたり、西宮市の避難所の近くにも1皿600円と、いつもの倍近い値段のたこ焼き屋が出た」
震災の影響は当館1階のささやかな売店にもあった。向うにいる子供の親類、知人などに見舞いの小包を送る人たちが、干し芋も入れたいとよく買いに来た。干し芋は火や水がなくても食べられる。□に入れながら片付け仕事などができる。あまくてうまいし、ああいう異常な時になりやすい便秘の予防にもなる。いいことずくめで人気があるらしい。
「向うの人にまた頼まれたので」と、3回も買いに来た人があった。