川越農林振興センターの磯田祐一課長がやってきて、こんな話をしてくれた。
「先日、川越の近くのあるところでサツマイモの試食会があった。行ってみると30人ほどいた。ほとんどが首都圏のサツマイモ聞係者で、その道のプロだった。
10種類ほどのいもを焼き、片端から試食する。そして各人が自分の好みのいもを3種類あげる。その集計結果をみて『えっ、どうして?』と思わずつぶやいてしまった。
上位はベニアズマ、紅小町、そして高系 14号系の「さわらっこ」。自分が期待していた紅赤は下から2番目というひどいものだったからだ。
「紅赤」といえば戦前の『川越いも』であり、サツマイモの女王とうたわれた名いもで、蒸しいもにも焼き芋にも向いていた。
それが戦後、次々に現われた新品種との競争に敗れ、幻のいもになりつつある。でもその食味評価がこれほどまで低くなっていたとは知らなかった。紅赤の扱いはどうしたらいいのでしようね」
さいきん全国各地で伝統野菜の見直しが進められている。川越地方のそれは「紅赤」で、そこには紅赤をもう一度なんとかしたいという気運がある。
昨年、三芳町川越いも振興会が紅赤100パーセントの「川越いも焼酎・富の紅赤」を世に出したのもその現れの一つだった。ただかんじんの食味評価が低いとなると手の打ちようがない。
磯田課長の悩みはそこにあるようなので神山正久社長の考えを聞かせてもらうことにした。社長はサツマイモ料理専門の料亭「いも膳」の経営者であり、当館のオーナーでもある。年中さまざまないもを使いこなしている社長は、話を聞くと即座にこういった。
「いものたべくらべの結果は調理法で変る。焼き芋で較べられたらあま味の薄い紅赤はほかのいもにかないっこない。負けるにきまっている。そのかわり天ぷらでやれば間違いなくトップだ。
紅赤の火の通りは、ほかのいもよりはるかに早い。だからさっとあがる。それと肉質が抜群。きめがこまかく、口に入れるとふわ~っととろけるように消える。このような食感のいもはほかにない。
それだけではない。天ぷらは菓子ではなく料理だから、あますぎないほうがかえっていい。学校の通信簿で教科のほとんどが3だが、1科目だけ5の子がいたとしよう。紅赤なら天ぷらがその5。だからうちの店では紅赤は欠かせない」
それを聞いて磯田課長の表情が少し明るくなった。