沖縄本島出身で今は東京にあるシアトル国際短大で講師をしているという森根淳子先生が、友達の八木一子さんと来た。森根先生は英語の先生だが、食文化の研究にも力を入れていて、サツマイモには持に興味を持っているという。
沖縄はもともとサツマイモをたくさん食べていた所だし、郷里の読谷村といえば今でもその名産地として鳴らしている所だ。「紅いも」と呼ばれる身が紫色のイモがそれで、読谷ではそれを使っての様々な菓子作りを、村興し運動の主柱に据えている。
一方、八木さんは寝たきり老人を介護している家庭を巡回し、家族にその介護法を指導している看護婦さん。その大事な仕事の一つに、老人食作りがある。わが国で老人食といえば豆腐が有名で、江戸時代の天明2年(1782)に出た『豆腐百珍』がたちまちべストセラーになり、今なおその現代語訳本が出回っている理由の一つはその辺にある。そこで八木さんは、豆腐とサツマイモを組み合わせた老人食を考えているのだという。
サツマイモは便秘の特効薬とされているし、ビ夕ミンCやカロチン、ミネラルなども多い。ただ老人食としては問題もある。最近のサツマイモはホクホクの粉質のものばかりだから、焼いてもふかしても、そのままではのどに詰まってしまう危険がある。八木さんが休日をつぶして川越に来たわけはそこにあった。
ただ料理のことはわたしには分からない。そこで「いも膳」の神山社長に訳を話すと、「おれだって、いつかは年寄りになるんだ。他人事ではないよ」と心よく調理場を離れ、当館へ来てくれた。そしてこんな話をしてくれた。
「お年寄り向きのボピュラーなイモ料理といえば、昔からあったイモ粥かイモ雑炊ではないでしょうか。おやつ感覚なら、イモ水ようかんは如何です?ふつうのイモようかんだと、寝たっきりの人にはのどごしが悪いでしょうし、のどに詰まっちゃう危険もあるでしょう。
ですから水を多くして、水ようかんにしちゃうんです。ただ水を多くすると寒天では固まりません。ですからゼラチンでゼリー状にしちゃうんです。
うちの看板料理は『いも懐石』ですが、その中にもいいものがありますよ。たとえば南蛮渡りの『ヒカド』。『ヒカド』とはポルトガル語で、『ものを細かく刻む』という意味です。サツマイモ、ゴボウ、ニンジン、ダイコン、インゲン、シイ夕ケ等々、なんでもいい。台所にあるあり合わせの野菜とマグロをちいさくサイコロに刻んで鍋に入れ、たっぷりの水で煮ます。
だしはカツオブシとコンブ。味つけは醤油。野菜が煮えたら、おろし金ですりおろしたサツマイモを入れ、とろみをつけて終りです。マグロがなければ牛でも鶏でも構いません。南蛮人たちのもともとのヒカドは牛肉入りだったのです。
ただ当時の日本人は肉を食べなかったので肉が手に入らない。それでやむなく、牛肉の味に1番近いマグロで代用してたものが日本人に伝わったのですから。
ヒカドは具でなくスープが命ですから、お年寄りにはスープだけを飲んでもらえばいいのではないでしょうか。もし、どうしても具入りのものが欲しいというのなら、具を取り出してミキサーにかけ、すりつぶしたものをスープにもどせばいいでしょう。
ヒカドは冬、体が温まるというので長崎の郷土料理として定着しましたが、夏の暑い時にも食べられます。熱々のヒカドを、ふうふう吹きながら食べると、いい汗がかけるからで、うちでは一年中使っています。
栄養も、今はやりの食物繊維も満点。サツマイモさえあれば、あと野菜と肉はあり合わせのもので十分です。お金もかからないし、作るのもかんたんです。
その上、若い人のロにも合いますから、家中で食べられます。今時、こんなにいい老人食はちょっとないんじゃあないでしょうか。むろんそれにお豆腐を入れたっていいんです」