1) じゃがいもと馬鈴しょ
じゃがいもは別名を『馬鈴しょ』ともいい、行政上ではこちらのほうが一般的に使われます。その由来は、中国の「松渓県志」(1700)の中で、おそらくアメリカホドイモと思われる植物の説明として「馬鈴薯」という名前がでてきます。地中にできる塊茎が鈴のようであるという説明になっていますが、これを日本の小野蘭山が誤って「じゃがいも」のことだと解説したために、混乱を生じたものといわれています。ちなみに、アメリカホドイモとはマメ科の多年草で、つる性の茎が2~4mにもなり、地中にいもができる植物です。
2) じゃがいもの花
日本一の畑作地帯である十勝へ7月に訪れると、5ha区画に整然と整地された広大な圃場一面に咲く農林1号の白い花、メークイーンの紫色の花の美しさに目を奪われます。いくつかの町村では「じゃがいものお花見会」が開催されるそうです。
フランスの宮殿では鑑賞用として栽培され、マリーアントワネットが髪飾りにしたといわれていますが、花壇での栽培や切花用向けの品種も欲しいものです。
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3) 『大地のりんご』、それはじゃがいも
じゃがいもはフランス語で『大地のりんご』と呼ばれています。ビタミンB1はもちろん、ビタミンCやカリウムを多く含み、野菜の少ない冬に真価を発揮するから で、立派な機能性食品といえます。
たとえば、ビタミンCはガン、高血圧、心筋梗塞などの成人病の予防的効果がありますし、多く含まれているカリウムは日本食の弊害であるナトリウムの取り過ぎからくる血管の老化で起こる脳出血を防ぐ働きがあるのです。さらに、鉄分の供給によって貧血防止効果を発揮し、良質の食物繊維供給源でもあります。また、ご飯は100gが130Kcalなのに対してじゃがいもは70Kcalにすぎません。じゃがいもは、本物の美容食なのです。
歴史的に見ても、大航海時代の船乗り達にとっては、彼らを苦しめた壊血病から命を守る切り札でした。品種によって差がありますが、例えばキタアカリは収穫直後には中くらいのいも1個に50mgものビタミンCが含まれています。朝食に1個、電子レンジで加熱して「ふかしいも」にすれば1日分摂取できるのです。特にじゃがいものビタミンCは野菜などに比べると、でん粉粒に守られているため熱に強いという長所があるのです。ヨーロッパでは越冬野菜として冬期間のビタミンC供給源として重宝されましたが、北欧の人々はビタミンCを10~20%も増加させる素晴らしい調理法を工夫しました。皮を剥いて、布巾で包んで1晩置く、それだけでビタミンC合成酵素が働いてくれるのです。
4) じゃがいもの名前
国の研究機関(独立行政法人)で育成された新品種は、命名登録審査会で審査が行われ、これをパスすると農林番号と品種名がつけられます。例えば平成12年に登録された「ユキラシャ」は農林42号です。それ以前の段階は地方番号ということで、例えば北海83号と番号で呼ばれていました。
これとは別に、種苗法に基づく品種登録制度があり、こちらは特許制度と同じように育成者の権利保護を目的としたものです。民間で育成された品種も、この制度によって名前がつけらます。例えば、キリンビールの「ジャガキッズ・パープル」、サカタのタネの「レッドムーン」、ホクレンの「ホワイトバロン」などです。
5) 食料安全保障とじゃがいも
じゃがいもの栽培特性は際立った安定性にあります。干ばつは別として、平成5年の未曾有の大冷害(北海道の水稲は作況40)に際しても、じゃがいもの生産は作況99(平年3,920㎏/10a→5年3,770㎏/10a)と平年作となっています。でん粉価に至っては、過去最高の数値を記録しました。北海道の主要畑作物のうちでも、最も年次変動が少ないのがじゃがいもなのです。
土質を選ばず、荒れ地でもそこそこの収穫が期待でき、エネルギー固定効率の高いじゃがいもは、万が一、食料の輸入が大きく減少した場合の食料安全保障作物と言えるでしょう。
6) 育種の現場から
じゃがいもの育種(品種改良)は良い両親を選び、たくさんの子ども達(変異)を育て、そのなかから目的に合った付加価値の高いものを選び出すことです。一つの品種をつくるには10年以上かかりますから、先をよく見通さなければなりません。独立行政法人農業技術研究機構北海道農業研究センターでは、食用品種はナチュラル、ヘルシーで魅力的(ファッショナブル)、原料用は生産し易く多収で良質の品種を目標としています。
そして、ミニポテト、赤と黄色、紫と白などの班入りのジャガイモ、黄・オレンジ・紅・紫肉色のジャガイモ、栗の香りがしたり、サツマイモのように甘いジャガイモ、可愛い花がよく咲いて菜園やベランダで栽培したくなるジャガイモ。こんな楽しい品種を創る、そんな研究も行われています。
7) 種いも増殖の現場から
種いもの増殖では「クリーンな元だね」を供給することが最も大切です。なぜなら種となる栄養たっぷりの「いも」の中に病気や害虫が入り込むと取り除くことは不可能だからです。特に、アブラムシによって媒介されるウイルス病が最も厄介で、このため、元だね(原原種)は人里離れたところにある種苗管理センターの8農場(北海道4、青森、群馬、長野、長崎)で、周到な管理の下で隔離栽培をしています。
野幌原生林の一角にある、ここ北海道中央農場(広島町)では、4月に入ると雪解けの水音とクマゲラの声を聞きながら、冬の間に検査した元種の親いも切りの始まりです。5月初めに植付け、9月中旬に収穫するまでの間に、防除、土寄せ、病株・異株の抜き取りと、一つとして気の抜けないシーズンの始まりです。大自然の中のワイルドライフも、冬を除けばまた一興かも・・・・・・・。
8) じゃがいもの国際協力
国際協力事業団(JICA)の海外技術協力の1つとしてインドネシア優良種馬鈴薯増殖システム整備プロジェクトが行われました。これは、農業を基幹産業としているインドネシアにおいて、国内でのじゃがいもの生産力の向上に向けて、優良種いも増殖のための技術と制度の改善を図ることを目的に平成10年(1998.10)~15年(2003.9)の5年間で実施されたものです。
これまで、インドネシアはオランダから高価な種いもを輸入していたのですが、このプロジェクトにより、国内での種いの自給とじゃがいも全体の単収の飛躍的な向上が可能になるのです。国際協力では、相互理解の不足からトラブルが発生することも少なくないのですが、このプロジェクトは非常に順調に進みました。そして、このプロジェクトを支えたのは、日本国内でじゃがいもの原原種を供給している種苗管理センター農場の「種いものプロ」集団だったのです。
9) 男爵薯を越える品種
我が国では、現在でも男爵薯が栽培面積で3割のシェアを占めています。同じ導入品種のメークインと合わせると5割を越えるシェアを占めており、人気の高さを物語っています。このような状況は品種改良の熱心なオランダでも同様で、1910年に売り出されたビンチェが今でも4割のシェアを占めています。アメリカでもラセット・バーバンクという品種に根強い人気があります。
やはり、品質が良い品種は一度根付いた人気が長続きするようです。しかし、アメリカでは最近、品種の変化が進んでいると聞いています。我が国でも「男爵薯」の血をひく優れた品種が続々と育成されてきていますので、これからが楽しみです。
10) 業務用サラダ品種として急上昇の「さやか」
「さやか」は、北海道農業試験場(当時)が育成し、平成7年に「ばれいしょ農林36号」として登録されました。打撲に強いため大型収穫機での作業に適しており、その特性は大粒卵形、白肉で目が浅く機械剥皮歩留りが高く、貯蔵性も良いため業務用サラダ品種として栽培・消費が急増しています。コンビニやスーパーのお惣菜、レストランなど業務用分野で多く利用されており、きっと皆さんも口にされていることでしょう。
11) 予想外に普及した「紅丸」
昭和4年、北海道農業試験場で交配された本育309号は、圃場試験段階で見込みがないとして試験が打ち切られました。けれども試験栽培を行った羊蹄山麓の農家がその高い収量に関心を持ち、試作を繰り返して好成績をあげたために試験場が特例として羊蹄山麓の限定品種として公認しました。これが「紅丸」で、後にでん粉原料用として全道に広がったのです。この「紅丸」のように、新品種の普及のためには、栽培する農家や食品産業界のユーザー、そして消費者による実践的な評価を受けることが、一番大切なのではないのでしょうか。
12) ヤングに受けるカラフルじゃがいも
かつて、じゃがいもの品種改良の世界では『青果用の赤いも』は、普及しないというジンクスのようなものがありました。それは、どうやら戦中・戦後の食糧難の時代に、無理して食べさせられたでん粉原料用の「紅丸」のせいらしいのです。さつまいもと同じで、じゃがいもは荒れ地でもそこそこの生産ができますし、特に「紅丸」は耐肥性が強いので、肥料をやればどんどん収量は上がります。でも、当然、まずくなるのです。これを食べさせられたのではたまりません。年配の方の中には、このような経験をされた方が多く、「赤いも」は拒否反応にあっていたらしいのです。
しかし、時代は変わりました。最近では食用の『赤いじゃがいも品種』として「インカレッド」、「アイノアカ」、「ベニアカリ」、「アンデス赤」(レッドアンデスと同じ)、「ジャキッズ・レッド」(キリンビール)、「レッドムーン」(サカタのタネ)、「スタールビー」など、多くの品種がデビューしています。
ちなみに、紅丸はでん粉原料用の品種ですが、春先まで貯蔵したものは糖分が乗ってとてもおいしいという評価もあります。魚料理と良くあうのだそうです。要は使い方次第ということなのでしょう。
最近では皮ばかりでなく肉に色のある品種も育成され、アントシアニン色素を含有する紫肉の「インカパープル」、「キタムラサキ」や赤肉の「インカレッド」、カロチノイド色素を含有する濃黄肉色の「インカのめざめ」などがあります。含有する色素は、過剰にあると体内で人体に害を及ぼす活性酸素などを除去するなどの機能性を示すことが知られています。
13) 桜前線とじゃがいも
南北に長い我が国では、春作のじゃがいもは桜の花を1~2カ月遅れで追いかけるようにして冬の沖縄で収穫が始まり、次第に北上して春に九州、初秋には北海道に達し、そして初冬に再び暖地の2回目(秋作)の収穫に戻ります。
桜前線を追いかけるという意味で、桜前線ならぬ『じゃがいも前線』といってもいいのではないでしょうか。最近のじゃがいもの栽培基準では、『ソメイヨシノが咲く頃には出芽しているのがよい』という表現がなされています。
14) マイクロチューバー
マイクロチューバーとは、組織培養によって作られる直径1cm内外の微小塊茎で、ウイルスフリーの種いもの急速増殖が可能な技術として近年、内外の研究機関が実用化に取り組んできました。
基本技術は1980年代前半に台湾で開発され、我が国でも多くの企業や全農、ホクレン等が取り組み、特にキリンビールではマイクロチューバーを効率的かつ大量に生産する技術を確立しています。マイクロチューバーには次のような長所と短所があります。
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上記のような問題点もありますが、平成11年度以降はマイクロチューバーを利用した種いもの試験的な増殖・生産が可能となりましたので、新品種の急速増殖や個性の強いマイナー品種による「地域特産」振興に向けて更なる改良が期待されています。
15) 真正種子(TPS)
じゃがいもはナス科の植物で同じ科の植物には野菜のナス、トマト、ピーマン、園芸植物には「ほうずき」、嗜好作物にはタバコなどがあります。そのため、花の形はナスやトマトに似ており、花が咲き終わった後に直径15~30mm程度の小さなトマトそっくりの緑色の実を付けます。
この中にはナスの種とよく似た、やや小さな種が沢山入っています。これが、実生種子とも真正種子とも呼ばれる本来のじゃがいもの種子ですが、同じ実から取れる種子でも1粒ごとに遺伝的な性質が異なるため、特殊な例を除くと品種改良以外の目的には使われません。
しかしながら、多数の中から選ばれた両親の組み合わせによっては、種いもを使った場合に匹敵する収量が得られますし、ウイルス病の汚染が少なく、複雑な増殖システムを必要としないというメリットもあります。インドや中国などでは国際馬鈴しょセンターの支援の下で熱心に研究を進めていますし、ペルー、中国、ロシアなどでは実用栽培が行われています。
16) じゃがいもでん粉
じゃがいもでん粉は清涼飲料用の異性化糖の製造原料として使われる他、片栗粉や水産練り製品、化工でん粉などの用途に用いられています。一般にじゃがいもでん粉は粒子が大きく、糊化温度が低く、粘度が高いなどの特徴を持っているのですが、品種や栽培技術によってもその性質は異なっています。たとえば、「紅丸」から取れるでん粉の粒子は「コナフブキ」のものよりも大きいのです。じゃがいもの育種には、このような面についての配慮もされています。
17) アメリカのバイオじゃがいも
米国のFDA(米国食品医薬品局)では1994年11月に、7つの遺伝子工学食品が審査されましたが、その中にモンサント社の「コロラドハムシ抵抗性遺伝子導入じゃがいも」が含まれていました。審査の結果、1995年2月に認可されています。
我が国でも、1996年3月に日本モンサント社の上記品種を含む5作物7品種が厚生大臣から食品衛生調査会に諮問され、同調査会はバイオテクノロジー特別部会で検討を行いました。そして同調査会は、これらの品種が「組換えDNA技術応用食品・食品添加物の安全性評価指針」に沿って安全性評価が行われていると判断し、1996年8月26日に厚生大臣に答申を行いました。なお、現在はモンサント社はバイオじゃがいもの種苗生産から撤退しており、アメリカでの作付もも、ほとんど見られなくなっています。
《参考》組換え体(害虫抵抗性作物)の特徴
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18) 「じゃがいも」の自動芽取機
じゃがいもを加工食品用や業務用に多量に使うためには、皮を剥くという前処理が必要になります。この作業には大変な時間と労力を要するため、現在は、多くの人がラインに並んで手作業で対応していますが、最近、進歩の著しい最新のセンシング技術とメカトロ技術を応用した自動芽取機が開発されました。
王子工営(株)で開発されたものは、制御センサーと高性能のカッターを使用しており、1分間に10~12個の処理能力があります。処理された、いもの形状の改善や更なるスピードアップが課題ですが、新しい取組として注目されます。
注: |
じゃがいもには、表面に何ヵ所かの窪んだ部分があり、「目」と呼ばれています。ここから萌芽してきますが、特にこの部分にはソラニンという有毒な配糖体が含まれています。自動芽取り機で除去するのは、この窪んだ「目」の部分です。 |
19) 「じゃがいも」祭り
北海道の倶知安町は羊蹄山麓にあり、品質の良い「じゃがいも」の産地として知られていますが、ここでは毎年、8月に「くっちゃんじゃが祭り」が盛大に開催されています。平成13年で39回目になりますが「じゃが万灯みこし」や「山車」、趣向を凝らした「じゃがねぶた」などが倶知の町をパレードします。全国各地で展開されているこのような取り組みが連携していくと地域の交流も深まって、じゃがいもの人気も盛り上がるのではないでしょうか。
20) 暖地向けの多目的プランター
経営規模の大きい北海道では大型機械による一貫作業体系が普及していますが、都府県、特に西南暖地では機械化が遅れていました。そして、農家の高齢化もあって作付面積は大きく減少しています。
このような現状を打ち破るために、カルビーポテトがヤンマー農機と共同で開発したのが多目的プランターです。この作業機は作溝、植付、覆土、畦立、鎮圧、マルチなどの多くの作業を1工程で実施できるので、労働時間の短縮と作業強度の軽減が実現できるのが魅力です。また理想的な畝型と植付深度等が得られますので、マルチとの相乗効果により収量、品質ともに大きく向上します。
この多目的プランターで植付から出荷までの機械化一貫体系が確立したことにより、都府県での馬鈴しょ生産振興が期待されており、すでに現場では、コントラクターなどの新しい経営体も誕生しています。
21) 糖質工学とジャガイモでん粉
近年、でん粉、糖類等の炭水化物(糖質)を酵素等により改変して新しい機能を付与し、工業的に大量生産する糖質工学の研究が進められています。既に新甘味料の開発などの成果が普及しており今後益々の発展が期待されています。ニューフード・クリエーション技術研究組合では、平成10年度から糖質工学を応用した炭水化物の多面的利用技術の開発を行っており、糖質変換、有用糖質作出技術の開発、有用糖質等の効率的な製造技術の開発に取り組んでいます。国産農産物の需要拡大に向けて、このような技術開発がどんどん展開して欲しいものです。
22) エスぺランサ・ローハ&ビオレータ
花も実もある「じゃがいも」ですが、鮮やかな花をもつ鑑賞用の品種が登録されました。十勝農業協同組合連合会が育成したもので、赤紫色でバラのような花を持つエスペランサ・ローハ」と野生的な草姿と紫花を持つ「工スペランサ・ビオレータ」です。
いずれも南米原産の野生種と「インカの星」を交配したもので帯広市内のレストランで鉢植えを飾っていますが、お客さんの関心を集めているようです。はるか昔アンデス原産のじゃがいもがヨーロッパに初めて持ち込まれた時は、鑑賞用であったといいますから、決して不思議な話ではありません。
じゃがいもは、植物防疫上の問題もあって増殖の方法に難しい面がありますが、この美しい花を多くの人に楽しんでもらえれば、需要の拡大にも役立つのではないでしょうか。